災害用伝言ダイヤルや災害用伝言板の使い方ってわかってる?

*公開日: 

電話でネットで録音
最近、地震のニュースをよく目にします。

私は東日本大震災を経験しているため、地震のニュースに敏感になっているのかもしれません。

東日本大震災がおきてからまる5年になろうとしています。

あまり積極的に書きたいことではありませんでしたが、何かの参考になればと、私の体験を書いてみることにしました、

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5年前の東日本大震災、私は外出先で経験しました

私は仙台に住んでいますが、5年前の東日本大震災は自宅ではなく外出先で経験しました。

その日、私と娘(成人)はそれぞれ用事があって仙台駅へでかけました。
お互いの用事を済ませたら一緒にお茶をするつもりで、待ち合わせ場所を決め、駅ビルの1階で別れました。

歩き始めて10秒ほどで携帯電話の「緊急地震速報」の音が流れ始めました。

私はとっさに娘が歩いて行った方向へ走りました。
走りだしてすぐに揺れ始め、喫茶店の前を通った時には食器が床に落ちる音や悲鳴が聞こえました。 これが最初の揺れでした。

娘と一緒に居なくちゃという思いで急いだのですが、娘の姿はありません。

揺れがひどくなり立っていられなくて、近くの階段の手すりにつかまって揺れがおさまるのを待ちました。
この時が2度目の揺れだったのだと思います。

「外へ出て下さい」という声で、外へ出るとそこにはかなりの人が駅ビル内から避難してきていました。


さっき別れた娘と連絡がつかない|携帯もダメ

駅ビル内から外へ出ると、買い物客や飲食店の女の子達がユニフォーム姿で不安そうに立っていました(3月とはいえ、寒が戻ったような寒さの日でした)。

ですが娘はその辺りにもいません。

携帯電話で娘に連絡を取ろうとしても、電話はつながらずメールも「送信できません」というメッセージばかりです。

仙台駅の前には広いタクシープールがありますが、いつのまにかタクシーは移動して、そこは避難してきた大勢の人でいっぱいになっていました。

端から端まで歩いて娘を探しましたが、あまりにも大勢で当然ながら見つけることはできませんでした。

メールもつながらないだろうとは思いながらも、諦めずに5分おき10分おきくらいに繰り返し送信していると、1時間後くらいに奇跡的に送信できました。

娘には「△△にいるから来て」と場所を指定したので、無事に再会・合流することができました。

この時の教訓を元に、今は「災害用伝言ダイヤル(171)や伝言掲示板(web171)」が充実しています。
(使い方などは最後のほうで詳しく紹介しています)


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災害用伝言ダイヤルや伝言板の使い方に慣れよう

余震は続いているし、雪も降りだしましたが、徒歩で自宅へ戻るしかありませんでした。

動物が持つ”帰巣本能”は間違いなく人間にもあるのだと思います。
実際、都心でも多くの人が、それこそ何時間もかけて我が家を目指したのです。

歩道は、家へ急ぐ人たちでいっぱいでした。
あたりが暗くなっても街灯はつかないし、家の灯りも見えないので、
停電しているのがわかりました。

車道は車で渋滞していました。
車のライトはあるものの、車道と歩道の見分けができる程度の明るさで
足元はよく見えないので、慎重に歩くほかありませんでした。

こうして約2時間半かけてようやくに我が家に到着しました。


今思うと、地震直後の避難時にするべきことがありました。

私が走っていた時、駅ビル内の天井が落ちてくることはなく、外へでた時も壁が落ちてくることはありませんでした。

が、避難する際は、落下物の直撃を避けるためにも、頭をバッグなどで覆うことは必要です。まず、我が身を守ることが第一です。
自分がケガを負ったら、家にもたどり着けないし、わが子の面倒すらみることができません。

外には看板やビルの壁など、大きな揺れで落下しやすいものがたくさんあります。

私は娘のことが気になって、あまりにも無防備で走ってしまいましたが
後で、天井が落ちてきてたら…と考たらぞっとしました。

大事な人、大切な人の安否確認はこの方法で!


・・・まとめ

あの日は金曜日、時間も14時46分。

子供が幼稚園保育園だったら母親の「外出」はないでしょうが、小中学校だったら外出もあり得ると思います。

そんな時に、東日本大震災クラスの地震が襲ったら?

転ばぬ先の杖。
災害用伝言ダイヤルや伝言板の使い方に慣れておきましょう。


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